「戦いは これから」 2011.4.13

 4月10日投開票の知事・県会・市会の選挙が終わりました。今回は「大災害のあと」ということで、選挙の活動も自粛傾向。どういう選挙にしたらよいのか、どの陣営も困惑気味でした。私の支援者の方も、「あまり宣伝カーで、うるさくするのもねぇ・・・」「看板も地味でいいんじゃない?」「駅前で募金活動をしたらどうかしら」等々、議論噴出。地震直後はガソリンが買えず、計画停電や原子力発電所の重大事故で不安は募る一方。「選挙どころではない」「被災者の支援と復興が優先だ」そんな声もありました。

 でも神奈川が元気にならなければ復興の支援すらできません。被災者の皆さんへの配慮はしつつも、経済活動が活発にならなければ長い復興の道のりを伴走できない。神奈川が元気をなくしてはいけない・・・。

 そして、「被災地にエールを送る選挙」を基本姿勢として活動しようということになりました。宣伝カーは軽自動車。燃費をよくするために車の上の看板はつけず、小さいスピーカーを2つ。事務所の電気も、蛍光灯を間引きして半分にし、ガソリンと電気の節約に努めました。わずかなことですが「チリも積もれば・・・」で、みんなで小さなことをこつこつ積み重ねていくことが大事。今までの選挙で「無駄かな」と感じながらも続けていたことが、「被災地へのエール」を意識することで、シンプルになりました。

 東日本大震災と原子力発電所の被災・事故は、「国難」といわれ、心を一つに乗り越えようという機運が高まっています。しかし目の前にあるのは、阪神・淡路大震災以上に険しい道のり。私たちの住む神奈川も、自らの災害対策の見直しと充実・強化をしながら、被災地や神奈川に避難してこられた方々を支え続けていかねばなりません。神奈川の元気を維持するために、影響を受けた県内産業が沈み込まないようにバックアップし、雇用を守っていかなくてはなりません。

 この大きな試練との戦いは、まさに「これから」です。

 (ひとりごと・・・ミルクティーを 「ユンケル」に切りかえようかな。)


「災害の世紀」 2011.3.29

 3月11日の大震災は、言葉に尽くせないほどの衝撃でした。被災地の様子が報道されるたびに、胸が締め付けられるような気持ちになります。

  「21世紀は災害の世紀になるのではないか」ということを予見する人もあり、世界各地で起こっている異常気象や大災害は、20世紀という時代に人間が必要以上の開発をしてきたことに原因があるとの指摘もされています。温暖化をはじめとする地球規模の環境問題も同じことです。 こうした危機が訪れることを察知しいち早く警鐘を鳴らす人もいましたが、快適さや便利さに慣れ、経済の発展に目を奪われてきた私たちは、ブレーキを踏むこともハンドルを切ることも「ためらいがち」でした。

  被災地の皆さんのために、私たちができることは何でしょうか。

 私は思います。一人ひとりの力が小さいことを言い訳にして行動しないことは、間違っていると。ときに無力感にさいなまれることがあっても、私たちが立っているこの大地を守る努力を惜しんではならないと。

 長い長い時間を要するであろう災害復旧に対して、私たちはマラソンの伴走者のように励ましながら一緒に走りつづける必要があります。

 私たちは、「自然への畏敬をとりもどし、生き方を修正すべきである」という強烈な警告を突き付けられている気がします。


「念ずれば 花開く」 2011.2

 私の大好きな言葉です。ご存知の方も多いと思いますが、坂村真民という詩人作品の一節です。

 人生にはいろいろな喜びや苦しみがあります。喜びよりは苦しみの方が多い気さえします。昔から「禍福はあざなえる縄のごとし」などと言うように、良いことばかりもないけれど、悪いことばかりでもない。その時の自分にとって都合の悪い厄介な壁でも、長い目でみると自分をトレーニングする大事な試練であったりすることが多いわけで、後になってみないとその意味合いがわからないことも多いように思います。

 私が中学・高校時代を過ごした「横浜共立学園」は、キリスト教主義の学校で、毎朝礼拝がありました。当時は、不謹慎にも礼拝中うとうと眠っていたこともありましたが、人生で大切なことは「毛穴から」しみこんでいたようです。今日までさまざまな困難にぶつかっても何とか乗り越えてこられたのは、共立で培われた「何か」であると確信しています。「神様は、乗り越えられない試練は与えない。試練は必ず乗り越えることができる」・・・どんな時も希望を失わないで明るく前進することの大切さや、自分の周りの都合の悪いことも感謝して受け入れることなど、あげればきりがありませんが、心の奥底にしっかりと植えつけられています。

 思春期に「心をはぐくむ教育」を受けられたことの幸せを、しみじみと感じます。限りある人生をよりよく生きるために必要なものは何か。私たち大人は、未来を担う若い人たちに、どんな時代が来ようとも決して狂うことのない「羅針盤」を、きちんと伝えていかなければならないと強く思う昨今です。

「困難にぶつかっても希望を失わない・・・言うのは簡単ですが、実際にはなかなか前向きな気持ちになれず、立ち往生してしまうこともあります。そういう時に心の支えにしてきたのが「念ずれば花開く」 以下に全文をご紹介します。

 

「念ずれば花開く」 坂村真民
念ずれば 花ひらく 
苦しいとき
母がいつも口にしていた
このことばを
わたしもいつのころからか
となえるようになった
そうしてそのたび
私の花がふしぎと
ひとつひとつ
ひらいていった

 

「冬の悩み」 2011.1

 情けない話ではありますが、私の冬の悩みは「ひび」です。

 「ま、脂っけがなくなってきたということだね」と言われれば否定はできない年齢ですが、何かの拍子に指先がぱくっとわれて、大切な書類や衣服を汚してしまうこともあります。ひりひりとした痛みとともに、炊事・洗濯などの日常的な作業への影響も無視できず、対策も結構手がかかります。

 昔から美しい手指を「白魚のような」と言いますが、私の場合は「使い古されたグローブ」。

 バンドエイドがぐるぐる巻きつけてある指で名刺交換する時は、「ごめんなさい。手荒れがひどくて」と、言い訳の一つもいいたくなります。「へえ、家事もやってるんですね」とへんな所に感心する方もいますが、ケアをしていてもちょっと気を抜くとすぐにひどくなるので、ほんとに困っています。ハンドクリームや市販のひびわれ対策の薬もいろいろ試し、なかなかよくならないので、結局はご近所のの藤田皮膚科に駆け込んで助けを求めることに・・・。藤田先生はとても懇切丁寧に効果的な軟膏の使い方を「ああして、こうして」と教えてくださり、去年の冬に比べるとかなり状況はよくなりました。 「重症なひび」でお悩みのみなさん!早めに皮膚科行った方がいいですよ。


「さすがに今年はアイスティー?」

 「猛暑日」「熱中症」などという言葉が、日常会話にちょいちょい出てくるなんて、ほんとに異常な夏です。ミルクティー好きの私も、製氷室からガラガラと氷を取り出し、キンキンに冷たいアイスミルクティーを飲んでおります。でも、冷たいものは甘さを感じにくいので、ついつい甘味料も多くなりがち。「そうか、これを続けているととんでもないことになる!」と気づき、冷たくて甘いものをやめることにしました。水分補給は必要なので、出かけた先では「温かいお茶」。なければ、「氷なしのウーロン茶」。自動販売機のドリンクも、少しおいてから飲むことに。健康のためには、夏でも体を冷やしすぎないことが大切なんだそうです。

  ところで、「冷え」の予防に「しょうが」がよいことはよく知られています。最近は、「ジンジャラー」と呼ばれる「生姜愛好家」も増えているそうで、チューブ入りのおろし生姜を携帯し、外食でも、チューブからぷちゅっと生姜をしぼりだして、お料理や味噌汁に入れるのだとか。血行がよくなり、低体温が改善したという例もあるそうで、確かに体によさそうです。でも、常にバックの中に入れて持ち歩くというのは、なかなかできることではありません。

  先日、近所の酒屋さんにふらりと立ち寄ったところ、いいものを見つけました。その名も、「生姜みつ」。ボトルに添えられたカードには、「厳選した国産生姜と純粋なアカシヤ蜂蜜を使って作った、無添加自然のジュース」と書いてあり、お湯や炭酸など、好みのもので4〜5倍に割って使うというもの。「これは買わなきゃ!試してみる価値ありだわー」と、早速購入しました。使ってみると、生姜と蜂蜜のバランスが絶妙で、まろやかさの中にピリッとした生姜の辛味がきいていて、何ともおいしい! 紅茶に加えて、ジンジャーティーも作ってみましたが、これもなかなかの味でした。
 というわけで今年の夏は「アイスティー」を卒業し、「生姜みつ」を入れた「ジンジャーティー」を愛飲している私です。


笑う門には・・・

 笑ったり泣いたりするのは、とても効果的なストレス解消法だそうです。そうは言っても日常生活の中で、おなかがよじれるほど笑ったり、涙をポロポロこぼすなんてことは、めったにありませんよね。だからこそ、たまには大笑いしたり、大泣きする機会を努めて作ることが大事なんだそうです。例えば、お芝居や映画を見るのも一つの方法。最近は、家にいてもテレビやらDVDなどがありますから、手軽です。

  ところで最近は、「若手芸人」とやらがテレビの画面をにぎわしていますが、実のところ、私は「落語」のほうが好きです。おなじみの熊さん、八つぁん、ご隠居さんなど、ほのぼのとした登場人物の繰り広げる噺に、くすっと笑い、何となく癒されるのです。そそっかしい人、喧嘩っ早い人、知恵のある人・・・。見栄をはったり、お酒を飲みすぎて失敗したり、けんかをしたり、助け合ったり・・・。どこにでもいるような人のどこにでもあるような話ばかりですが、笑いの中に「人に対する温かさ」が感じられ、ホッとします。江戸の下町の心意気なのか、自分が困っていても、他人のために頑張ってしまう。世話の焼ける人がいても、「そういう奴なんだから、しょうがないじゃないか」とふんわり受け止めて、仲間はずれにはしない。お人好しな登場人物たちが、投げかけてくれるメッセージは、「くよくよすることないよ」「まあ、何とかなるもんだよ」という「おおらかさ」であり、現実を悲観しない「明るさ」。「人生、捨てたもんじゃないよ」という前向きなエネルギー。だから、すたれることなく、庶民の娯楽として人気があるのだと思います。

  横浜で「寄席」といえば、野毛の「にぎわい座」。初代館長は名司会者として有名な玉置浩さん(故人)、二代目には桂歌丸さんが就任されました。港北からですと、みなとみらい線のみなとみらい駅が一番近いんでしょうか。でも野毛までは結構歩きますね。最近は、各区の公会堂などでも「落語会」がさかんですが、大きすぎるホールでは、やはり「寄席」独特の雰囲気が味わえません。

 「何とか、遠くまで行かずに落語を楽しめる方法はないかしら」
 「庶民の娯楽だもの。木戸銭は、安くなくちゃね」
 「安い。近い。楽しい。拍子そろった寄席がほしい!」
  そんな想いが高じて誕生したのが「港北ほのぼの寄席」。
落語好きの仲間と共に、手弁当でスタート。毎年1月と6月の2回ですが、毎回「真打」の噺家さんと、マジックや紙きりなど「色物」の方、二組が出演します。お蔭さまで3年目に入り、この6月で6回目。常連さんも増えてきました。帰り際に「楽しかったよー。また来るね」「次は、いつなの?もっとちょいちょいやってよ」などと、ニコニコ顔で声をかけて頂くのが、次回のエネルギーになっています。

 笑うことによって「ナチュラル・キラー細胞」が活性化し、体によい影響を与えるということも科学的にも立証されているそうです。先日読んだ「脳科学」の本によれば、「つくり笑い」でも、効果があるとか。楽しそうな顔を作ると、楽しくなってくる・・・すごいことですよね。まさに「笑わにゃ、損損」。
 笑顔は、やっぱり幸せのもとだと思います。


「子育て方程式」

 移動は車を使うことが多い私ですが、最近はできるかぎり公共交通を利用するように心がけています。移動中に日程をチェックしたり、窓からの景色をながめたり、人間ウォッチングをしたり、電車の移動にも結構楽しみがありますね。
 先日、電車に乗って出かけたときのことです。ちょうど席があいたので腰をかけると、前の席に座っていた30代半ばの女性が熱心に本を読んでいました。「私も本を持ってくればよかった・・・」と思いながら見るともなしに目をやると、表紙には愛らしい子どものイラスト。「子育て方程式」というタイトルが目に入ってきました。 「子育て」と「方程式」という組み合わせに少々違和感を感じながら、もうずいぶん前になってしまった自分の子育て時代のことに思いをはせました。

  我が家には3人の息子がいます。すでに成人し、それぞれ自分のやりたい事を見つけて仕事に励んでいますが、小さいときはにぎやかでした。だっこして、おんぶして、手をひいて・・・という時期は外出するのも一苦労。へとへとになって家にたどりついたら玄関で「おもらし」なんて事もあり、「あぁ早く大きくなってくれないかしら」と思うこともしばしば。でも大きくなってみると、何をしてもかわいかった(?)あの頃がなつかしく思われます。

  どこの家庭でもそうだと思いますが、子育ては「事件」だらけ。思いもかけないことが起こり、心配、びっくり、大笑いの連続です。「悲喜こもごも」という言葉がありますが、まさにその通り。でも、子どもがいるお蔭で、さまざまな体験をさせてもらいましたし、「親になる」ための試練も味わいました。「子育てで悩んだことはない」という方も、まれにはいらっしゃるかも知れませんね。でも、私は悩みだらけでした。長男は小児ぜんそく、次男は元気すぎてケガ、三男はアトピー性皮膚炎と、病院通いも結構大変でした。迷って、悩んで、自信をなくして、そうかと思うと「私が頑張らなければ!」と発奮したり・・・。育児書などのマニュアル本は参考にはなりますが、マニュアル通りに行かないのが子育て。「一体どうしたらいいの!?」と、子どもと一緒に泣きたくなることもありました。実家の両親に支えてもらいながら、子育てと家事と、そして仕事に懸命な日々だったことは確かです。

 振り返ってみても、私の子育てに「方程式」と呼べるようなものは、何もありません。あったとすれば、子どもが何かをしでかしても、「責任はすべて母親である私が引き受ける」という覚悟くらいです。あとは、どこまでも子どもを信じて、「さなぎ」が、ちゃんと「ちょうちょ」になるのを辛抱強く、じーっと見守っていること。

 「子育て方程式」という本を読んでいた女性に、私は「あんまり力まないで、子育てを思いっきり楽しんだほうがいいですよ。」と、心の中でエールを送りつつ、電車を降りました。


「ミルクティー…」

 コラムのタイトルを見て、「ミルクティーがお好きなんですか?」とたずねられることがあります。「ええ、そうなんです」と答えつつ、ふと「一体私はいつから紅茶党、それもレモンティー派でなくミルクティー派になったのだろう」と思いました。そして、「ああ、そうだった!」と懐かしい記憶がよみがえってきたのです。
 私が小さい頃、横浜の小学校の遠足というと、低学年は三渓園・野毛山動物園・山下公園などでした。遠足は「行く先」もさることながら、前の日に自分で買いに行く「おやつ」も楽しみの一つ。300円以内などと限度額が決められていましたから、その中でいかに充実したおやつにするかは、結構大事な作業です。なんだか「ちびまるこちゃん」みたいですが、遠足当日におやつを見せあって、「この300円は、工夫したねー」「なるほど、こういう作戦に出たか!」などと、わいわい盛り上がったものです。
 もう一つの楽しみは、言うまでもなく「お弁当」。「おむすびに卵焼き」「赤いウインナー」や「からあげ」など、まあみんな似たようなお弁当でした。ところが私のお弁当は、「サンドイッチ」が定番。パンにマヨネーズをぬって、ちょっぴり練りからしを足したハムサンドや、卵サンド、そうそうピーナツクリームをぬったのもありました。ですから、お弁当の時間に母の作ってくれたサンドイッチを広げるのは、とても楽しみでした。そして水筒の中身は、「ミルクティー」。牛乳とお砂糖がたっぷり入っていたのでしょう、水筒のふたを取ると、ふわーっと甘い香りがしました。その瞬間の何とも言えない幸せな気分は、遠足の高揚感と一緒に、心の中にしっかり刻み込まれていたんですね。友達とお弁当の中身を交換しあったりして、みんなで一緒に食べたお弁当の楽しい記憶・・・。私の「ミルクティー好き」は、どうもこのあたりがルーツのようです。
 「おふくろの味」といいますが、飲み物の好みも、案外「小さい頃の思い出」と関わりがあるものなのかもしれませんね。


「感激の日…」

 赤坂御苑で行われた秋の園遊会でのこと。ちょうど私の前を通られた皇后陛下に、私は一生に一度と思われる位の勇気をふりしぼり「両陛下には、葉山の神奈川県立近代美術館・葉山館にお出ましくださいました由、大変光栄に存じております。」と敬々しく申し上げました。
 美智子様は、お優しい笑顔を浮かべられて「とても素晴らしい美術館をお造り頂いて、神奈川県さんにはとても感謝しております」と、おっしゃってくださいました。私は、感動と緊張の中にも、満ち足りた嬉しさをかみしめつつ、「皇后陛下のお言葉、関係者はこの上なく喜ぶものと存じます。県に戻りましたら、謹んでお伝えいたします。」と、うすい藤色のスーツ姿の美智子様をまぶしく拝しながら申し上げ、深々と頭を下げました。
「女性の議員さんなのですね。」 「はい、申し遅れまして失礼致しました。神奈川県議会議員のはかりや珠江と申します。」 「めずらしいお名前ですね。」
「はい、夫が鹿児島県の屋久島の出身でございまして…。」
と自己紹介を始めた所で、何とも清々しい、はればれとした気持ちで目が覚めました。

 皇后陛下は、私にとって理想の女性像。昨年の秋、夫のお伴で園遊会にお招き頂いた折には、2メートルほど近くまでお越しになられましたが、たくさんの方々の人垣の間から、ご尊顔を拝しただけで胸がいっぱいでした。
 つい先日、同僚のK議員が、国体の会場にお越しになられた両陛下にお声をかけた時のことを話して聞かせてくれ、それが心に残っていたためと、皇后陛下への尊敬と憧れが、夢になってしまったのですね。皇后陛下、もったいなくも、庶民の夢の中にまでお出まし下さり、ありがとうございました。


「新しい年の初めに…」